悪しきデザイン至上主義〜誰のためのデザインなのか?
NHKのラジオ、テレビの語学講座のテキストの表紙のデザインが4月からの新開講に合わせて変わった。しかし、この表紙はいったい何? 誰がこんなデザインにOKを出したのだろう? いったい誰のためのデザインなんだろうか? 企画会議でのポイントを想像してみると、
- シンプルでスタイリッシュ
- 表紙のカラーを統一することで書店に陳列されたときに目立つこと
- 書店店頭でボリュームが感がだせる
- ラジオ講座は無地、テレビ講座は写真入りとすることで表現を変える
といったところだろか。ただ大事なことが一つ抜けている。
「学習者はどうやってこのテキストを使っているか」という視点。学習者にとっては復習するときなどに、どの号に何のトピックで学習したかが、表紙や背に記載された内容で知るわけ。特に最近のように、iPodのようなポータブルプレーヤで時間差学習をしているものには、表紙でパッと内容がわかるということが重要。なのでこの表紙デザインは利用者からしたら、最悪のユーザーインターフェース・デザインだ。
おそらくこのカバーのデザイナーはラジオやテレビの語学講座なんてやったことがないのだろう。「無知なデザイン至上主義」の悪しき見本となったことにも気がついていないのだろう。
こうした利用者を無視したデザインがまかり通ってしまうところが、この国のデザインの本当にダメなところ。あきれてしまった。
Posted by
shigeo at
17:14
|
Comments (7)
無印良品みたいなところを狙ったのですかね。
いいデザイン=見た目がいいこと、と思っている人がまだまだ多いのですよ。
それか毎月の表紙イラストが不要になるからコストダウンかも。
コメントありがとうございます。
デザイナーも発注している企業も、エンドユーザーはどうやって使っているのか、ということに関してのイマジネーションがあまりになさ過ぎです。
イタリア語講座は表紙がイラストでしたが、ビジネス英語は写真でした。語学講座というのはそのカルチャーやバックグラウンドを学ぶことであり、その国を現すイラストや写真があることは意味の有ることだと考えています。
この新しい表紙のコンセプトはそうした個々の個性を無視している訳で、僕はG.オーウェルの「1984」に出てくる「イングソック」という概念を思い起こします。つまり、感情とか文化とかを容認しない記号のような言語ということです。
「2007 NHK テキストのしおり」というタイトルの、NHK 出版のパンフレットによれば、月毎に色を変えて識別できるようにしたとのことです。
ちなみに、海外には、書籍の表紙の色から図書を検索できる OPAC(オンライン蔵書目録システム)があるようですね。
http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/car/index.php?p=3001
chewganabiraさん、いつもコメントありがとうございます。
なるほど、色で図書検索ですか。バーコードほど複雑なものを要求しないのであれば、いい方法ですね。
ただ、このNHKテキストの場合は、月別で色を変える必然性が感じられません。それに全種類のテキストが毎月同じ色では、区別がつきませんよね。もし色ということに意味を持たせるなら、なおさら中途半端な取り組みです。
やはり、肝心な情報が表紙に掲載されていないとうのが根本的な問題と思います。
ごぶさたです〜!
ん〜〜〜、トンチンカンなイラストが使われているよりはよっぽどマシと思いますが...
色覚にバリアのある方々への配慮は...
どう考えているのでしょうかね...
takakoさん、お久しぶりです。なんだか、この記事コメントが増えてます。
>ん〜〜〜、トンチンカンなイラストが使われているよりはよっぽどマシと思いますが...
それはそうですが、そういったレベルの低いところで、「どっちがマシか」というのも空しいですよね。色覚のこもと配慮がないですし。
語学テキストというのは、一冊買って終わりではないですし、毎月続けていくものなので、なおさら学習者が継続して使いやすいものが求められると思います。
んん〜〜〜そうか〜〜〜!
肝心な情報が表紙に掲載されていないってことは...
機能しない表紙ってわけですね。
確かにヒドイ!
コメントSPAM防止のため、コメントは確認後公開させていただきます。ご了承ください。